ICAO ATPLからFAA ATPへのコンバージョン-帰国

こんにちは。

ちょっと放置気味だったのは諸々急に忙しくなったからと言い訳をしたいWATでございます。

さて、帰国を決めたわけですが、夕方に飛行機の予約をし直し荷物をまとめてると一本電話がかかってきました。フライトスクールのオーナーでした。まさかの許可でたか!?

んなわけない。

何とか続けられないか調べてくれたみたいで、違うやり方を提案してくれました。それは、Conversion+Validation=Convalidation ってことでした。

要するに、フライトタイム自体は充分にあるのでCPL-IR/MEにコンバリデーションする。そのためにクロスカントリーとかCPLの筆記試験とかやればとりあえずそれは可能。そこから自分の持っているATPLの書き換えではなく新規に取得したCPLからATPにするって方法。ATP-CTPもATPの筆記も終わってるのでそれ取っちまえばあとはA320のSIMに乗るだけ…

おおお…

けど、雨が多い時期だし時間的に3週間はかかるだろう+$7,000くらい。

ちょっとその時の俺的にはそこまでする予定ではなかったし、ATPのコースですでに$11,000+ホテル代と旅費で無職のあたしはヒーヒーです。

それにもうそこまでする気力も起きず、その案はとりあえず保留。

パッキングを進め、ちょっとだけ寝て早朝のDallas行きの便に乗りました。

もう色々疲れてしまって、飛行機乗って座った瞬間に寝落ち。。。

それから何分何時間たったかわかりませんが、気づいたら誘導路の上。

けれどなんか周りがざわついてるし、エンジン回ってなくね?777なのでそれなりに音が聞こえるはずなのに。

モニターをふと見上げると…あれ、まだマイアミではございませんか。

状況があまり把握できてないうちにまた寝落ち。

で、次起きたらお客さん降り始めてる。どうなってる?着いた?

いや、様子がおかしい。どうやらゲートに戻ってきたようだ。

周りの話を聞いてると、ダラスは天候が悪いらしく飛べないと。え、飛べないくらいって絶対望みがないやつじゃん。どんだけ天気悪いの。と、調べてみたら…

青い点がダラス。

なぜ?!

いやおかしいだろ!?

全米晴れててでダラスだけこうなってる!?

なぜ俺が向かうところトラブルだらけ!?

飛行機自体は2時間遅れて出発しましたが、もちろん曇天のダラスではJAL羽田行きのコネクションを逃し、再予約してもらうカウンターに2時間並び、翌日のAA成田行きのチケットをもらい、じゃあホテルバウチャーくれよと聞くが、くれない。天候は航空会社の責任じゃないからやらないの一点ばり。粘りましたがだいぶ邪険に扱われてイラついたので、もういい!!ってふてくされてターミナルを出ました。えと、上の写真見てもらえばわかりますが、9℃…マイアミから来てて夏服しかありません…ホテルは格安でもない中途半端なホテルしか空港の周りにはなく、暖かく着る服もなく暖房もきかない部屋でやることといったら、布団にくるまってふて寝するだけです。次の日起きるとたくさんメッセージやらFBの通知がきてました。

そう、何を隠そう私の誕生日だったのです…

正直そんなテンションじゃね〜。けれど、メッセージくれた友人たちにはちゃんとお礼言わねば。悶々としながら身支度してチェックアウトしてコヒーもらって外に出たら、2℃。泣きたい(笑)その時、状況を知る由もない東京にいる弟から電話かかってきてハピバ〜!!とかいって私の疲れきった顔見た瞬間、「どした!?」。かくかくしかじか話して爆笑されましたよ笑。もう逆に笑ってくれた方がいいですここまできたら。

空港に移動して、何度目の出国でしょう?(笑)

不思議ですよねアメリカの飛行機の乗り方って。国際線も国内線も同じようにパスポート見せて出国。他の国々みたいに国際線と国内の動線が分けられてないんです。そして特に出国のスタンプもなし。入るのあんなに大変な国なのに、去るもの追わず。なんかその辺の記憶がないくらい疲れてましたが、AA成田行きの飛行機はガラガラ。CAさん達は…うん、ベテラン中のベテランな方々でした。日本人クルーは本当にお暇を出された様子。ベテラン達はやりたい放題。777でしたが、イヤホンを投げて配ってました。左側の通路から右側の窓側のお客さんまで(笑)ジャンプシートなんか座らずにジャンプシートの前のお客さんの席に座る。何だか他にも色々、自由にやってました…

私は疲れ果てて寝て、気づいたら北海道上空。あら、奥さんと子供達がいるところ。。。もう酸素マスクとパラシュートつけて飛び降りたかったですよ(笑)

成田に到着すると、恒例のPCR検査。今回は到着からスムーズに2時間とかからなかったんでは?

この旅で初めてスムーズに済んだ事でしたね。と、喜ぶのも束の間。

やはりトラブルは続く。

荷物が出てこねえええええええええええええええええええええ

どうやらダラスでJALの倉庫に行ってしまったらしく、AAに振り替えたのにハンドリングのAAはそれを知ってかしらずか無視か知りませんが、私が乗った便に載せず、私の荷物は2日後のJALの羽田行きで到着すると…おいおい。

以前カタール航空で羽田に着いた時にも同じようなことがあったのですが、一日あたりなんぼの補償を現金で頂きましたし、荷物が到着したら特急便で時間通りに自宅まで送ってくれました。あの時は逆に感動したくらいです。

今回は…補償も特急便もナーシ。2日後に羽田について普通の宅急便で送ってくるので私が受け取れるのは3日後。

おいおいおいおいおいおい、ちょっとそれはあんまりじゃない!?だいぶ食い下がりましたが、担当のグランドスタッフは終始「はぁ」って。

「はぁ」はこっちだよ(笑)

もう色々諦め慣れたので、そのあとはちゃんとレンタカー借りて帰りましたよ。

成田→都内乗り捨て高っけえのに。

で、三日後、スーツケースが届きました。

ボッコボコに傷ついて凹んでストラップがない状態で(笑)

鍵しちゃいけない謎のルールがあるアメリカで何も盗られていなかったのは奇跡ですが…ベルトコンベアとかに挟まったんでしょう可哀想なスーツケースちゃん…って、親のスーツケースなのに!!

文句の電話はしてやしましたが、補償はストラップだけみたいなこと言われて、もう怒るのも単にエネルギーの無駄使いなので送られてきた申請書もポイ。

 

 

と、まあこんな感じで3話に渡って綴りました記憶から消したい旅でした(笑)

 

5/5

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